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第Ⅰ章(前半)

ベンゾジアゼピン系薬剤: 体内でどう作用するか

 

背 景

私は、12年間(1982~1994)、精神安定剤や睡眠薬からの離脱を希望する人たち向けにベンゾジアゼピン離脱専門クリニックを運営しました。私がこの問題について知っていることの多くは、長期間苦しみながらも勇気ある人達から教えられたものです。300人以上の“患者”の声に耳を傾け、緊密に経過観察(週毎、時には日毎に)をすることにより、私はベンゾジアゼピンの長期使用およびその後の離脱時に何を伴うかについて次第に学んでいきました。

クリニックに通う人たちのほとんどは、医師から処方されたベンゾジアゼピンを何年間も服薬していました。中には20年以上も服薬している人もいました。彼らは体調が優れないので薬を止めたがっていました。処方当初は効いていた薬が原因で、実は体調が悪くなっている可能性に、彼らは気付いていたのです。身体的にも精神的にも多くの症状を呈していました。ある人は抑うつ状態や不安症に陥り、またある人は“過敏性腸症”、あるいは心臓系や神経系の症状を訴えました。彼らの多くは病院で、消化器系、心臓系、神経系の検査を一通り受けています(ほとんど常に検査結果に異常ありません)。多発性硬化症と誤診された人も何人かいます。頻発する疾患のために、職を失った人もいます。

このような患者の経験は、その後も、英国や欧州各国にある精神安定剤依存症支援グループに参加する数千の患者たちによっても、また米国で孤立無援の中で支援を求めている個々の患者たちの調査によっても、これまでずっと確認されてきました。興味深いことに、ベンゾジアゼピン長期使用が問題を引き起こすことを最初に気付くのは、医療専門家ではなく患者自身だったということです。


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この章について

読者の中には、すぐにでもベンゾジアゼピン離脱についての章(第Ⅱ章)に進もうとする方もいるでしょう。しかしながら、離脱症状や離脱テクニックを理解しようとする(そうすることにより、離脱プロセスをより上手に対処しようとする)人には、まず、ベンゾジアゼピンが身体の中で何をして、どう作用して、長期の服用に対して身体がどう順応し、なぜ離脱症状が起こるのかについてよく知ることをお勧めします。この章では、これらの問題について論じます。


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ベンゾジアゼピン系薬剤

力 価

ベンゾジアゼピン系薬剤には多くの種類があります(表1)。それぞれ力価において大きな違いがあり、等価用量は20倍も異なります。例えば、アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)0.5ミリグラム(mg)は、大よそ、ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)10 mgに相当します。従って、アルプラゾラムを一日6 mg(米国では稀ではない処方量)服用している人は、ジアゼパム120 mgというかなりの高用量を摂取しているに等しくなります。このような力価の違いを医師達が常に詳しく認識しているとは限りません。また、ここに示したような等価換算値を受け入れようとしない医師も中にはいます。それでもやはり、アルプラゾラムやロラゼパム(ワイパックス)、クロナゼパム(リボトリール、ランドセン)といった高力価のベンゾジアゼピンを服用中の人は、相対的に高用量を摂取している傾向にあります。この力価の違いが、あるベンゾジアゼピンから別のベンゾジアゼピンに切り替える際に重要となります。例えば次章で言及する、離脱に際してジアゼパムに置き換える時などです。


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排出速度

ベンゾジアゼピンはまた、(肝臓での)代謝速度および体外から(尿中へ)の排出速度において著しい差異があります(表1)。例えば、トリアゾラム(ハルシオン)の“半減期”(単回服用後、薬剤の血中濃度が最初の数値の半分に低下するまでに要する時間)は、たった2~5時間です。一方、ジアゼパムの半減期は20~100時間で、更に、ジアゼパムの活性代謝物(デスメチルジアゼパム)の半減期は36~200時間です。このことは、ジアゼパムを単回服用後、その活性代謝物は200時間経過しても半分が血液中に残っていることを意味します。毎日連用し続けることにより蓄積が起こり、体内(主に脂肪組織)に高濃度で蓄積されていくことは明らかです。表1に示すとおり、ベンゾジアゼピンの代謝速度には個人間でかなりの変動があります。

 

表1. ベンゾジアゼピン系薬剤および類似薬剤

ベンゾジアゼピン系薬剤5

半減期 (時間)1
[活性代謝物]

販売目的2

経口投与時のおおよその等価用量(mg)3

アルプラゾラム (ソラナックス、コンスタン)

6-12

a

0.5

ブロマゼパム (レキソタン、セニラン)

10-20

a

5-6

クロルジアゼポキシド(コントール、バランス)

5-30 [36-200]

a

25

クロバザム (マイスタン)

12-60

a,e

20

クロナゼパム (リボトリール、ランドセン)

18-50

a,e

0.5

クロラゼペイト (メンドン)

[36-200]

a

15

ジアゼパム (セルシン、ホリゾン)

20-100 [36-200]

a

10

エスタゾラム (ユーロジン)

10-24

h

1-2

フルニトラゼパム (ロヒプノール)

18-26 [36-200]

h

1

フルラゼパム (ダルメート、ベノジール)

[40-250]

h

15-30

ハラゼパム (Paxipam)

[30-100]

a

20

ケタゾラム (Anxon)

30-100 [36-200]

a

15-30

ロプラゾラム (Dormonoct)

6-12

h

1-2

ロラゼパム (ワイパックス)

10-20

a

1

ロルメタゾラム (エバミール、ロラメット)

10-12

h

1-2

メダゼパム (レスミット)

36-200

a

10

ニトラゼパム (ベンザリン、ネルボン)

15-38

h

10

ノルダゼパム (Nordaz, Calmday)

36-200

a

10

オキサゼパム (Serax, Serenid, Serepax)

4-15

a

20

プラゼパム (セダプラン)

[36-200]

a

10-20

クアゼパム (ドラール)

25-100

h

20

テマゼパム (Restoril, Normison, Euhypnos)

8-22

h

20

トリアゾラム (ハルシオン)

2

h

0.5

類似作用を持つ非ベンゾジアゼピン系薬剤4, 5

 

 

 

ザレプロン (Sonata)

2

h

20

ゾルピデム (マイスリー)

2

h

20

ゾピクロン (アモバン)

5-6

h

15

エスゾピクロン (Lunesta)

6 (高齢者は9)

h

3

 

〔訳註:商品名が英語表記の薬剤は日本では未承認〕

  1. 半減期: 単回服用後、薬剤の血中濃度がピーク時の数値の半分に低下するまでに要する時間。活性代謝物の半減期は四角い括弧内に記載。この時間は個人間でかなりの差異があります。
  1. 販売目的: 全てのベンゾジアゼピンは同様の作用を持っていますが、一般に、抗不安薬(a)、睡眠薬(h)、抗痙攣薬(e)として分類され販売されています。
  1. これらの等価換算値と異なる数値を用いる研究者もいます。ここでの数値は臨床経験にしっかりと基づいていますが、個人により異なることもあります。
  1. これらの薬剤は化学的にはベンゾジアゼピンと異なりますが、作用機序は同じであり、身体に同様の影響を及ぼします。
  1. これらの薬剤全ては短期間(最長2~4週間)の使用に限って推奨されます。

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作用時間

ベンゾジアゼピンの排出速度が、作用時間を決定する際に重要なことは明白です。しかしながら、見かけ上の作用時間は、通常、半減期よりもかなり短いのです。ほとんどのベンゾジアゼピンに関して、実感出来る効果は、一般に数時間で消失していきます。それにも拘わらず、薬は体内に存在する限りは身体に僅かながらも影響を及ぼし続けます。このような影響が、使用を続けている間に顕在化したり、あるいは減薬や断薬をした時には離脱症状として出現したりすることがあります。


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ベンゾジアゼピンの治療上の作用

力価、消失速度、作用時間を問わず、全てのベンゾジアゼピンは、体内でのその作用は実質的にはどれも同じです。このことは、それぞれが抗不安薬、睡眠薬、抗痙攣(けいれん)薬のいずれを用途として販売されていようが同じことです(表1)。全てのベンゾジアゼピンは、臨床上用いられる次の5つの主要な作用を発揮します。それらは、抗不安作用、睡眠作用、筋弛緩作用、抗痙攣作用、健忘作用(記憶障害)です(表2)。

 

表2. ベンゾジアゼピンの治療上の作用
(短期使用の場合)

作 用
臨床適応
抗不安作用  - 不安の除去 -    不安障害、パニック障害、恐怖症
睡眠作用  - 睡眠促進 -    不眠症
筋弛緩作用 - 筋緊張の緩和 -    筋肉の痙攣、痙性障害
抗痙攣作用  - ひきつけ、痙攣発作の停止 -    服毒による痙攣発作、いくつかの癲癇(てんかん)
健忘作用  - 短期記憶障害 -    手術前投薬、軽微な外科手術前の鎮静

 

複数の作用を利用した、他の臨床適応
  • アルコール解読
  • 過興奮性や攻撃性を伴う急性精神病症状

それぞれのベンゾジアゼピンによって微妙に程度を変えながら発揮されるこれらの作用により、薬は医療上有効な特性を有しています。その有効性、即効性および急性毒性が低いという点において、ベンゾジアゼピンに敵う薬剤はほとんどありません。短期使用においては、ベンゾジアゼピンは表2に示したように幅広い臨床状況に対応して有用であり、時には救命的な効果を発揮することもあります。ベンゾジアゼピンの有害性のほとんど全ては、長期使用(数週間以上の定期的使用)の結果もたらされています。1988年、英国医薬品安全委員会は、「ベンゾジアゼピンは、通常、短期使用(2~4週間のみ)に限定すべきである」と勧告しました*。

〔*訳注: このガイドラインは、2004年の英国保健省の医務主幹からの医師向け通達文書においても有効なものとして踏襲されている。これもネット上で閲覧できる。http://www.benzo.org.uk/cmo.htm


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作用機序

ベンゾジアゼピンを止めることに苦労している人なら誰もが、薬は治療効果だけでなく、精神や身体に計り知れない影響を及ぼすことに気付くことでしょう。ベンゾジアゼピンは、直接的あるいは間接的に、事実上ほとんど全ての脳機能に影響をもたらします。その仕組みや理由を知りたい方のために、広範囲に影響を及ぼし得るベンゾジアゼピンの作用機序について簡単に説明します。

全てのベンゾジアゼピンは、内因性の脳内化学物質、GABA(γアミノ酪酸)の機能を賦活化させることにより作用します。GABAとは、脳内神経細胞(ニューロン)間の情報伝達を担う神経伝達物質の一つです。GABAが伝達する情報とは抑制作用であり、接触するニューロンに、発火を抑えるか止めるように伝えます。脳全体に存在する数百万のニューロンのうち約40%がGABAに反応するため、GABAは脳に全般的な鎮静作用をもたらすことになります。GABAとはある意味、生体に元々備わっている天然の睡眠剤、安定剤です。このGABAの自然な作用はベンゾジアゼピンによって増強され、ニューロンに付加的な(しばしば過剰な)抑制作用を及ぼすことになります(図1、次頁)。

 

図1. 脳内神経細胞(ニューロン)への、内因性神経伝達物質GABA と
ベンゾジアゼピンの作用機序を示す略図

 

(1,2) 神経インパルスによるGABAのニューロン1の貯蔵部位からの放出
(3) ニューロン間の隙間(シナプス間隙)に放出されたGABA
(4) ニューロン2の受容体に結合するGABA; 結合により、塩素イオン(Cl-)がニューロンへ侵入
(5) この作用が神経インパルスが更に進行するのを抑制
(6,7) GABA受容体上のブースター部位に結合するベンゾジアゼピン
(8) この作用がGABAの抑制機能を賦活化; 神経インパルスの進行は完全に遮断されることもあり得る。

 

GABA は巧妙にできた電子装置によって、抑制情報を伝達します。GABA は、受け取り側ニューロンの外表にある特別な部位(GABA 受容体)に結合することにより、チャンネルを開き、陰性荷電粒子(塩素イオン)をニューロン内部に通過させます。これらの陰イオンがニューロンを過剰に陰性化して、通常興奮をもたらす神経伝達物質に対する感度を低下させます。ベンゾジアゼピンもまた、事実上 GABA 受容体上に位置するベンゾジアゼピン特有の部位(ベンゾジアゼピン受容体)と反応します。ベンゾジアゼピンがこの部位に結合することによりGABA効果の増幅器として作用し、より多くの塩素イオンをニューロン内部に浸入させ、その興奮に対する抵抗性を強めます。ベンゾジアゼピン受容体には様々なサブタイプがあり、それぞれ少しずつ異なる作用を有しています。あるサブタイプ(アルファ1)は鎮静作用を受け持ち、別のサブタイプ(アルファ2)は抗不安作用を持ち、また両者とも、アルファ5と同様、抗痙攣作用に関係しています。全てのベンゾジアゼピンは、大なり小なり、これら全てのサブタイプと結合し、脳内の GABA 機能を賦活化させるのです。

ベンゾジアゼピンによってもたらされたGABA 抑制機能の賦活化の結果、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)、セロトニン、アセチルコリン、ドーパミンを含む脳内の興奮性神経伝達物質の出力が減少します。これらの興奮性神経伝達物質は、正常な注意力、記憶、筋緊張、協調運動、情動反応、内分泌作用、心拍数・血圧のコントロール、その他多くの機能に欠かせないものですが、これら全てがベンゾジアゼピンによって損なわれる可能性があります。GABA と結合しない他のベンゾジアゼピン受容体が、腎臓、結腸、血球、副腎皮質にも存在します。これらもまた、いくつかのベンゾジアゼピンに影響を受ける可能性があります。このような、直接的・間接的作用が、ベンゾジアゼピン服薬による周知の有害作用に関係しています。


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